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大津地方裁判所 昭和56年(行ウ)3号 判決

原告 江若交通株式会社

被告 滋賀県知事

主文

1  大津湖南都市計画事業堅田駅前土地区画整理事業において大津市がなした別紙記載の仮換地指定処分に関する原告の昭和五三年四月二〇日付審査請求に対し、被告が昭和五五年六月三〇日付でなした裁決は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告の訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外大津市は、昭和五三年二月二八日、原告に対し、大津湖南都市計画事業堅田駅前土地区画整理事業において、別紙仮換地指定処分一覧表〈1〉ないし〈8〉記載の各仮換地指定処分(以下「本件原処分」という)をした。

2  原告は、昭和五三年四月二〇日、被告に対し、右処分の審査請求(以下「本件審査請求」という)をした。

3  被告は、昭和五五年六月三〇日、原告に対し、本件審査請求を却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という)をした。

その理由は、原告が本件審査請求書の「審査請求の趣旨」の項において「仮換地指定処分の変更」と記載していた点をとらえて、「被告は本件原処分庁たる大津市の上級行政庁ではなく、行政不服審査法四〇条五項にいう処分の変更を行う権限がないから、処分の変更を求めた本件審査請求は不適法である。」というものであつた。

4  しかし、本件審査請求書における「仮換地指定地の変更」なる文言の記載によつても、原告が本件原処分に対し不服を申出、その取消を求める意思を有していることが読みとれるのであるから、本件審査請求書の記載方法に不備はない。仮に、「仮換地指定処分の取消」と記載すべきところを「変更」と記載したことが一個の不備に他ならないとしても、右は軽微な書式的問題に過ぎず、不適法として却下すべきものではない。また、右記載の不備は、教示に基づく補正によつて容易に治ゆするものであるから、被告において右申請書の記載方法をもつて本件審査請求を不適法と解するのであれば、その点について明確な補正命令を発すべきであり、これを発しないまま不適法として却下することは許されない。

5  よつて、本件裁決は行政不服審査法四〇条一項に違反し違法であるから、その取消を求める。

6  (訴の利益に関する被告の主張に対する反駁)

原告が訴外大津市を被告として本件原処分の取消を求める訴訟を提起していることは確かであるが、行政事件訴訟法一三条に照らし、一般的に、原処分と裁決のいずれかの取消しを訴求することも、その双方の取消を訴求することもできるところ、原告としてはむしろ、本件原処分の取消判決に先立ち、本件裁決の取消判決を得たうえ、まず被告において本件原処分の実体的審査をなしこれを取消すことを求めるもので、原告が本件訴訟につき訴の利益を有することは明らかである。

二  被告の主張及び請求原因に対する認否

1  (被告の主張)

本件訴訟は、現時点においては訴の利益がない。即ち、原告は本訴において本件裁決の取消を求めているけれども、原告は既に訴外大津市を被告として本件原処分の取消請求事件(大津地方裁判所昭和五六年(行ウ)第二号)を提起しているところ、その裁判の効力は審査庁たる被告において左右することができないものであり、ひいて本件裁決についての取消判決は何らの効力も有しないからである。

2  請求原因1ないし3項は認める。

3  同4項は争う。

本件審査請求書の記載内容が原告主張のごときものであつたので、被告は原告に対し、昭和五四年三月三〇日、本件審査請求の趣旨は「仮換地指定の変更を求めるものと解してよいか」との審尋をなしたところ、原告は被告に対し、同年四月九日付書面でその趣旨である旨回答した。したがつて、右申請書の記載内容は単なる誤記とはいえず、本件審査請求が「処分の変更」を求めるものであることは明白であり、補正命令を発する必要も余地もなかつたのである。

被告が大津市の上級行政庁でないことは明白であるから、行政不服審査法四〇条五項により「処分の変更」はできない。原告が「処分の変更」を求めている以上本件審査請求は不適法であり、これを却下した本件裁決に違法はない。

第三証拠〈省略〉

理由

第一訴の利益について

原告が本訴に先立つて大津市を被告として本件原処分の取消を求める訴を提起し、これが昭和五六年(行ウ)第二号事件として当庁に係属していることは、当裁判所に顕著である。しかし、仮換地指定処分に不服がある当事者は、その処分の取消を求める手段として、行政庁に対して不服申立をすることも取消訴訟を提起することも、あるいはその双方を提起することもできるところ、本訴において本件裁決が取消されれば原告は審査庁たる被告において本件原処分の適否についての実体的な判断を受ける利益を有するのであるから、右の昭和五六年(行ウ)第二号事件において本件原処分が取消され、その判決が確定した場合は格別、単に右事件が係属しているという一事をもつて本訴が訴の利益を欠くいわれはない。

よつて、この点についての被告の主張は採用しない。

第二本件裁決の違法性の有無

一  請求原因1ないし3項の各事実は当事者間に争いがない。

二  右各事実並びに成立に争いのない甲第一ないし第三号証、甲第四号証の一、甲第七号証の一ないし八及び証人清水勝の証言を総合すると次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  訴外大津市は、昭和五三年二月二八日、原告に対し本件原処分をしたこと、

(二)  原告は、右処分を不服として同年四月二〇日、被告に対し本件審査請求をしたこと、

(三)  右審査請求書の「4審査請求の趣旨及び理由」の項には、趣旨として「イ、仮換地指定地の変更」、理由として「ロ、土地区画整理法第一条の目的並びに同八九条換地に照応した、現地換地の原則に基づく仮換地の指定をすること。」との記載があること、

(四)  被告は、昭和五四年三月三〇日付書面(甲第二号証)で原告に対し、「本件審査請求の趣旨は、本件仮換地指定処分の変更を求めるものと解しているが、この解釈は妥当か。」及び「本件審査請求の理由として、本件審査請求書『4審査請求の趣旨及び理由』の項のうち『ロ、』の記載のとおりと解しているが、この解釈は妥当か。」との審尋をしたこと、

(五)  原告は、同年四月九日付書面(甲第三号証)で、右審尋に対する回答として、「本件審査請求の趣旨及び理由については、審査請求第四項のイ号が趣旨であり、ロ号が理由である。」旨の回答をしたこと、

(六)  被告は、昭和五五年六月三〇日、原告に対し、「請求人は、本件審査請求の趣旨として、本件処分の変更を求めるものであるが、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)第四〇条第五項の規定によれば、審査庁が処分庁の上級行政庁である場合に限り、審査庁は、裁決において当該処分を変更する権限を有するものとされ、処分庁の上級行政庁以外の審査庁にはこれを認めていないところ、当審査庁は、本件の処分庁である大津市の上級行政庁ではない。したがつて、請求人の請求は、不適法なものである。」との理由で本件審査請求を却下する旨の本件裁決をしたこと、

(七)  被告においては、原告が本件審査請求の趣旨を本件原処分の取消を求める旨の趣旨に訂正してくれば本件審査請求を適法なものとして処理することができると判断していたけれども、右訂正がないかぎり本件審査請求書に形式上の不備はなく、補正命令を発すべき場合には該当しないと判断し、補正命令を発しなかつたこと、以上の事実が認められる。

三  右によれば、被告は、本件審査請求は当該請求書の文言どおり本件原処分の「変更」を求めているものとしか解されないので、そのような変更権限を有しない被告に対する請求としては不適法であり、補正する余地もない、と判断して本件裁決をしたことが明らかである。

四  ところで、行政不服審査法一五条一項四号は、審査請求書に「審査請求の趣旨及び理由」の記載を要求しているけれども、審査請求は、専門的法律知識を有しない当事者が法律家を代理人とすることなく自らなすことも多く、そのような場合には審査請求書の形式内容が法的に適切であるとは限らず、その請求の趣旨も審査請求の手続過程における調査・審理などを経て次第に明確になる場合もありうるのであるから、その請求書に使用された文言のみにこだわることなく、その内容を全体的に観察し、できるかぎり善解して審査請求制度の範囲内で適法なものと解釈し判断すべきである。

これを本件審査請求についてみるに、原告が本件原処分に不服があつて審査請求をしていることが明らかであるから、その請求書において請求の趣旨として本件原処分の「変更」を求める旨の記載があつたとしても、被告において、本件審査請求は原処分の取消を求めているものと善意に解釈し実体的な判断をなすことも十分に可能であり、これが法の趣旨に反し許されないと解すべき根拠は全くない。

五  この点について、被告は前認定のとおりの審尋をしたというけれども、右審尋内容は、審査請求書の記載内容を単に確認したとも解しうるのであつて、「変更」との文言を「取消」との文言に訂正しないかぎり審査請求が不適法却下されることを通常人に容易に予測させるものとは到底認められない。もし右の如く予測しうる内容の審尋があれば、原告としても被告に教示を仰いだうえ適切な文言に訂正し、原処分の当否に関して被告の実体的判断を受けることもありえたと考えられる。けだし、原告が法律上許されない請求を敢えてしようとしたものであると断定するに足りる証拠はなく、本件訴訟自体をみても法律上許される範囲で審査請求制度を利用しようとするものと窺えるのである。したがつて、被告としてはまずもつて右のように明確な審尋をなすべきであつて、これをなさずして本件審査請求書の「変更」という文言が維持されている以上、善意に解釈する余地も補正する余地もないとして請求を却下した本件裁決は、行政不服審査法四〇条一項を余りにも短絡的に適用したものという他ない。

六  ひるがえつて、そもそも、仮りに原告の本件審査請求が文字どおり行政不服審査法四〇条五項にいう「変更」を求めるものであるとしても、同条項にいう「処分の変更」とは原処分を取消したうえで新たな処分をするものであることは、「前二項の場合において」と規定するその明文自体から明らかであるから、本件においても、被告が本件原処分庁たる大津市の上級行政庁であるかどうかにかかわらず、原処分の取消を求めている限度においては適法な請求であつたと解するのが相当であり、右限度においての実体的判断をすることもなく本件審査請求の全部を不適法として却下した本件裁決は、同法四〇条を正解せず、同条一項の適用を誤まつたものという他ない。

第三結論

以上のとおり、本件裁決は不適法却下すべきでない審査請求を不適法却下したものであり、行政不服審査法四〇条一項に違反する違法な裁決であり、その取消を求める原告の請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三 伊藤剛 佐の哲生)

別紙一覧表〈省略〉

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